ぶっちゃけ学校の先生いらなくね?スタディサプリあるし

学校の先生はいらない、そう常日頃から感じてまいりました。
きっかけとなったのは、僕が高校生の時でしょうか。僕の学校は地方の自称進学校という部類に入り、難関大を狙うなら自力での対策が求められました。授業の先取りをして、とっとと高校でやる範囲を終わらせようと考えた僕は、授業中全く先生の話を聞かず、教科書をどんどん自分で進んでいく方針を取ります。
先生の話を聞かなかったからと言って、内容が理解できないかというとそんなことはありませんでした。むしろその逆で、先生の話を聞くより理解がしっかりとできていたのです。
これが学校の先生はいらにゃい、という主張の原体験です。それ以来、僕の考えは一向に変わることなく、さらに強固に、過激になっていきました。
考えれば考えるほど合理的で、これが実現したら教育革命が起こるだろうなって感じなので、ちょっくら案を書いてみます。

スタディサプリで生徒に授業を受けさせる

まず大前提として、ほとんどの学校のほとんどの授業は非常に退屈で、椅子に座っているのが苦痛レベルです。説明がうまい先生というのはけっこういるんだけれど、それが授業を面白くさせるかというとそうではない。わかりやすいけどつまらない授業、遅い授業というのはかなりはず。
そこで主要科目(数学、理科、社会、英語、国語)の授業を廃止し、スタディサプリで生徒に映像授業を受けさせる。
スタディサプリといえば、あの英語講師の関正生を思い浮かべる人も多いと思う。まず、比較にならないほど講師の質が違う。個性豊かなキャラクター、深い学問への知識と関心、そしてそれらを伝えるトーク術。
生徒を引き込み、時間を忘れさせるのが彼らの生業である。まず、学校の授業の数倍はいい。
加えて、映像授業というのがキモ。見逃したり、わからなかった部分は繰り返し再生できるし、もう分かるよ〜っていう部分は早送りしたりスキップしたりできる。
これに加えて、各分野が終わったらテストを課して、それをクリアしたら次に進めるようにする。まるでゲームのように。進度が早い生徒には、ランキングみたいなものを作ってあげて互いに切磋琢磨させてあげれば後は勝手にどこまでも行ってしまう。
成績が振るわない下層の生徒についての対策は、”カリキュラム達成型の教育システム”で記す。

学校の先生は大幅に削減

こういうことをすると、まず学校の先生は暇になる。そりゃそうだ。授業がないのだから。国の社会保障費は年々上がるばかりだし、ここらで先生を大量解雇と行きたいところだ。
ものすごいカオスなことになるだろうが、俺の知ったことではない。刺激あふれる世の中になるのは間違いない。
大事なのは、すべての先生をクビにするわけではないということ。あくまでも大幅削減。
そういえば、高校生の頃に先生が、”先生の仕事の大半は授業以外であって、メインは授業ではない”的なことを言われて、何言ってんだこいつ、みたいに思ったことがある。先生の仕事は、生徒に勉強を教えることだろうに。それ以外なんて全て雑事。くだらない書類作業に忙殺されて同情するが、彼らのこういうマインドがある限りダメだろうね。
あとは、金八先生的な生徒の相談に乗ったり、精神的支柱になる先生は必須。先生は授業をする必要がなくなるだけで、生徒の質問にはもちろん答えるし、色々な話もする。ホームルームの役割もある。あくまで、授業の時間がすっぽり抜けるだけ。

カリキュラム達成型の教育システム

こういったシステムを小学校の頃から導入する。もちろん、すべての授業が映像型ではなくて、体育は当然あるし、音楽とか、理科の実験とか、あとはディベート・プレゼンテーションなんてのもぜひクラスの子供達でやるべきだろう。
アメリカの調査で、優秀な先生は1年間にカリキュラム1.5年分を終わらせることができたのに対し、未熟な先生は1年間にカリキュラム0.5年分しか終えることができなかった、というのがある。これぐらい、できない子(できる子というのは先生があまり関係ない)にとっては先生の質が重要なのだ。
おそらく、小中高とこのシステムで運営していけば、ほぼすべての生徒が挫折したり勉強に苦手意識を持つことはなくなるだろうし、上位30%ぐらいの生徒は、高1ぐらいで、従来の生徒が高3までに習う過程を修了できるんじゃないかと思う。多分トップ中のトップは中1ぐらいで全部終わっちゃうよね。何十万人という優秀な子供が数年間の余分な時間を持てる。
大学受験については、カリキュラムが終わった子供からスタディサプリの大学版の授業を受けてもらうか(今はないけどいずれできるはず)、飛び級でも何でもさせて頭が柔らかいうちに色々なことを詰め込みまくる。逆に就職しちゃったりしてもいい。
現状の大学受験システムみたいに、できる子が高3で暇してました、なんて事態だけは避ける。
最後に、勉強がどうしてもできるようにならない子について。こういう子の80%ぐらいは本人の努力で、親も親だなって言うケース。
残りの20%は、学習障害だったり(ディスレクシアとか)、動物と同じような環境で育った子供の言語習得が無理ゲーなように、根本的に難しい場合。
こういう子たちには、勉強ができることなんて、どうでもいいんだよ、自分らしく生きる、幸せな生活をおくるためにはどうすればいいか、というのを教える。
やり方を教えるというより、そういう価値観を共有させる。
こんな感じでいけば、革命起こるんじゃないかと思うけどどうかなぁ???

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