別にオーディオブックを聴かなくても、常に頭を働かせていれば問題ナシ

ここ最近、オーディオブックをゴリ押しするような記事を連投していたので、ここらで趣向を変えてみようかなと。
僕はオーディオブックを超絶オススメしています、特に英語を勉強している人にとっては。
ですが、これはオーディオブックを聴いていない人を卑下するものではありません。何も考えずに無為に時間をドブに捨てている人たちを糾弾しているわけですね。
僕の考えとして、オレは自分の気に入った物を紹介してオススメするけど、ムリヤリ強制はしない、というのがあります。
東進ハイスクールの現代文講師、タレントとしても活躍中の林修先生も似たようなことを言っています。具体的に何を言っていたのか、ということは思い出せませんが、このような趣旨の発言をしたのをテレビで見ました。
というか、林先生の思考パターンをトレースしたから僕はこういうことを言っているんですけどね(笑)
まあ、考えてみれば当たり前なんですけどね!!!
話がそれましたが、受験・学習を目的にしている人にとっては、ほぼ絶対オーディオブックは聴くべきですし、それ以上にスキマ時間を有効に使える活動を知りません。(知っていたら教えてください)
だけども、頭の柔らかさ、アイディアの豊富さ、流行へのアンテナ、話のネタ、そういう色々な目的がある場合には、オーディオブックは必ずしも最善手とはならないわけです。
音声を聴くことで周りに目がいかなくなるわけですね。それによって、外界の変化やオモシロイ物に気が付かないかもしれない。
っていうのを秋元康の企画脳って本を読んで感じました。
さすが秋元康というだけあって、超重要な事が垂れ流し状態で書かれてます。成功する人っていうのは多かれ少なかれ、似たような思考パターンというのを持っていると思います。この本は、そういう抽象的なものを、めちゃくちゃわかりやすく言語化してくれます。
思考っていうのは訓練で鍛えられるんですよね。これはそのトレーニングの仕方を教えてくれる貴重な本です。
もしも秋元康がオーディオブックを使って、スキマ時間を超濃密に過ごしていたとしたら、今の姿はなかったのかもしれないなぁって思ったんですね。
だから、今日僕が言いたいのは、物事に絶対なんて無いよってことなんです。
必ず、日々の中で変化していくものだし、相対的なもの。オモシロイ人間になりたいのなら、オーディオブックを聴いたり、街中の人間を観察したり、電車の広告を分析したり、ふらっと立ち寄った店で、すげえキテレツなメニューを頼んだりした方がいい。経験の幅が広がる。話のネタができる。体験が記憶となって、いつか役に立つかもしれない。将来何が起こるかなんて誰にもわからない。
受験や勉強には直接関係ないかもしれませんが、こういうのも大事なんですよね、きっと。
 
 

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