なぜ司馬遼太郎の本は海外で翻訳されていないのか

目からウロコが落ちる瞬間、というのが誰にでもあると思います。なにか新しいことを知った時、面白い本を読んだ時、アニメ、映画を見た時。人それぞれですが、僕の場合は圧倒的に”本を読んだ時”が多いです。

大学受験で、現代文を勉強しているときなんかも、こんな風に世の中を見るのかぁ、と思わず嘆息してしまう事がありました。

特に、何かの研究をしている人が書いた本は、今まで自分が知らなかったことについて面白く書いてあるので、それはもうたまりません。

内田樹、というフランス哲学の研究者?の人が書いた本は当たりが多いです。ここでは紹介しませんが、「寝ながら学べる構造主義」、「街場のメディア論」なんかもめちゃくちゃ分かりやすくて、そのうえ面白い。勉強にもなります。

 

それで、今回は内田樹さんの「街場の文体論」の面白かったところをまとめていこうかなと。

なぜ司馬遼太郎の本は海外で翻訳されていないのか

はい、なんででしょう。今まで考えたことがなかった人も多いのでは。

言われてみると、たしかになんでなんだろうと気になりますね。

司馬遼太郎は、ちょうど日本が戦争をしていたど真ん中の時代に生まれてきました。1,923年に生まれた司馬の少年時代と戦争とは切っても切り離せない関係にありました。

「竜馬がゆく」、「燃えよ剣」、「坂の上の雲」どれもこれも、日本の大ベストセラーであり、誰もがタイトルは聞いたことがある国民的大作。ちなみに僕は竜馬がゆくしか読んだことがありません。いずれ、暇ができたら残りの2つを読んでみたいですね。

それで「坂の上の雲」を例に取りますと、これは

徳川三百年の太平の世が終わり、いきなり欧米列強に植民地化される危険に直面した日本人が、封建制度をあらっぽく打ち壊し、急速な近代化を遂げる。そして、維新後わずか四十年で、世界最強と言われたロシアの陸軍と世界二番目の海軍を相手にした戦争に勝利する、お話です。

この本の魅力は、当時誰もが不可能だと思っていた超大国ロシアを、弱国日本がジャイアントキリングしてしまう、下克上感にある、と内田はいいます。

そしてこれこそが、司馬遼太郎の本が海外で翻訳されない理由なのです。

一言で言うと、司馬遼太郎の文学は「内向き」なんです。日本人にしか、司馬が言わんとしていることは伝わらないし、同じバックグラウンドを共有しない外国人にとっては、どうしても彼の作品は「ニホンのジマンバナシ」のように見える。これが理由、らしいです。

合理的な説明ですね。続いて、吉本隆明という、よしもとばななの父親であり思想家でもある人がいて、同様に彼の作品も海外で出版されることはありませんでした。司馬と同じような理由で。

ここから話は、世界文学あるいは世界中で読まれる本を書くために必要なある要素についての考察に飛躍していきます。

吉本隆明と似たような本を書く丸山真男という人物がいて、まぁこの人は有名ですよね、書いている内容は二人の間でそんなに変わらないのに、一方は世界中で読まれ、もう一方は日本だけにとどまる。この違いとは。

それは、作者がアウトサイダーであるかどうか、と内田は考察します。吉本隆明は、軍国少年であり、戦争を直に見て敗戦を経験し、これが彼の作品に深い影を落とすことになる。これに対し、丸山真男は冷えた目で当時の日本を見つめ、淡々と日本が戦争に負けるのを見ていた。

二人のこの違いが、作品に影響を及ぼしたのです。

考えれば考えるほど説得力があるように思えますね。

 

後、日本語の独自性についての考察が面白かったのでそれについて書こうかなと思ったけど、長くなるから終わりっ!!!

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