暗黙の了解が食い違うと色々な問題が起こる、例えばセクハラとか

未来の自分への警句的な感じで書きました!

世の中には、たくさんの人間がいて、それぞれが自分の時間を生きています。当然ながら、今まで生きてきた時間の長さは人によって違いますし、何を経験して何を経験してないかということも、個人の差が非常に大きいところです。

それで、今回はいわゆる大人の年代の人と、大学生ぐらいの世代以下の人たちについての違いについて考えていこうと思います。

大人の男女というのは、もちろんやることが大人です。乳臭いガキには想像できないような世界で生きている。大人の恋愛の世界は、子供のそれとは次元が異なります。どちらがいいとか悪いとかではなくて、何を目的とするか、(デート中)なにをするか、がことごとく違います。

いわゆる大人のデートというのは、レストランが基本です。これに対し、子供(大学生高校生も含む)のデートというのは、映画を見たり、ファミレスでおしゃべりしたり、遊園地に行ったりとか、まあ色々あります。

大人になるにつれて、色々なデートを重ねてきます。そうすると、段々身のこなしが自然になっていって、デートでの振る舞いはスマートになっていきますし、女性(男性)を誘うときのやり方も洗練されてきます。

そういう過程で、これは表向きではこういう意味だけど、本当はああいう意味だよね、とか、向こうが〇〇したら、こっちは△△していいよね、みたいな、そういうコードみたいなものが、男女お互いの中に蓄積されていきます。

男女の中における社会規範、あるいは暗黙の了解と言えるでしょう。

例えば、まだそういう暗黙の了解を知らない小学生同士が、家の中で二人っきりになったからと言って、それはアレを意味するわけではありませんよね。逆にそういう小学生がいたら土下座して教えを乞いたい、マジで。

有川浩の「キケン」という小説の中で、理系大学に通う大神、という男の子がとある女の子といい感じにデートを重ねていく、というシーンがあります。

ある日、女の子は大神くんを自宅に呼びます。家の中には二人しかいない。大神くんがタイミングを見計らって、キスをしようとした、その瞬間、女の子は大神くんをものすごい剣幕で拒絶し、「そんな人だとは思わなかった」というセリフのもと、二人はケンカ別れをしてしまいます。

僕がこの記事で言いたいことはこのシーンに集約されます。

それは、

ある男性が性に関する社会規範Aを持っているからと言って、そのパートナー(あるいは意中の相手)の女性は社会規範Aを持っているとは限らないということです。

そして、これをお互いが知るのは、社会規範Aで定められている行為をどちらかが行おうとした、まさにその瞬間までないのです。

これが、一連の世間を賑やかすセクハラ問題の諸悪の根源、とまではいかないですが、一因となるのではないでしょうか。

もちろん、芸能界は様々な勢力がいろいろな工作を働いていますし、女性側が美人局的な感じで男性をハメることだって往々にしてあります。

それでも、男女の間で、恋愛経験の多寡によって発生する”暗黙の了解問題”には、気をつけないといけない。

解決策としては、二人の間での認識に食い違いが生じたときに、仕掛けた側が何事もなかったのようにクールに対応して、その場を水に流すぐらいしかないのでは?と思います。

いやぁ、俺も有名になったら気をつけんとなぁ(笑)。ちゃんと空気が読める男になりたい!

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